Mt Ste Victoire (サント ヴィクトワール山)

Ste Vic

南仏コートダジュール、ニースからマルセイユへの高速道路8号線を走りエックサン・プロヴァンス(エックス)に近づくと右手側に日本では見かけない白色の馬の背状の岩山が見えてきます。これが石灰岩でできた20kmにも及ぶ標高1011mのサント・ヴィクトワール山です。聖なる勝利の山とは紀元前102年シーザーの伯父にもあたるローマの将軍ガイウス・マリウスが南下する蛮族(ゲルマン人)をこの場所で打ち破り共和制ローマを護ったことによるそうです。

サント・ヴィクトワール山とアルク川渓谷の鉄道橋

一方この岩山を描き続けたエックス生まれのセザンヌは、1861年22歳で画家になるべく出かけたパリでは美術学校の受験に失敗し、絵画アカデミーでピサロ、ルノワール、モネ、シスレー等の画家仲間と知り合いますが結局絵のテーマとなるモチーフが見つからず故郷に戻っていました。エックスとマルセイユを結ぶ鉄道が開通した半年後の1878年4月、親友エミール・ゾラに送った手紙の中で『アルク川渓谷に掛かる鉄道橋を渡る汽車の窓から眺めたサント・ヴィクトワール山はなんと素晴らしいのだろう。モチーフになるよ。』と書いています。そしてその年から彼はこの山を描き始め計80回近く描くことになります。
探し求めていた絵のモチーフは幼い日、親友のゾラと探検して歩いたサント・ヴィクトワール山の麓にあったようです。
1989年山火事で南面の多くが焼失しその後再生に努めていますが針葉樹が多く元のようにはならないそうです。エックスの市民に愛されているこの山には多くのハイキングコースがありハイカーやキャンパー、ハンググライダー乗りなど年間70万人にもなる人々が集っています。

サント・ヴィクトワール山南西からの眺め 標高946mに建つプロヴァンスの十字架からはプロヴァンスの景色が一望できる 豊かな植生や小動物の案内版 プロヴァンスの十字架を望むセザンヌルートの祈りの場 地中海からの風で上空の雲が七変化する 画材を背負って出かけるセザンヌ像

石灰岩でカタツムリの貝殻は真白 大きな松のあるサントヴィクトワール山  サント・ヴィクトワール山 サント・ヴィクトワール山とシャトーノワール  巨大キャンバスが入るよう手直しされたスタジオ
メモランダム:セザンヌは度々キャンバスなどの画材を背負いエックスの町はずれにあるスタジオからサント・ヴィクトワール山の麓まで写生に出かけています。20㎞以上にもなるこの道は現在『セザンヌの道』と呼ばれています。この道を歩きだした頃のセザンヌは経済的にもかなり困窮していたようです。1869年セザンヌ30歳の時に出会った19歳のオルタンス(Hortense Fiquet)とは父親が亡くなる1886年まで16年間内縁関係で、母親や妹たちとも決して良い関係ではありませんでした。親友のゾラはすでに小説家として成功を収めていました。(居酒屋:1876年、ナナ:1879年)
この赤土(茶色?)の道をどのような気持ちで歩いたのでしょう?
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